「見えないものの設計」--音について--

建築デザインは、空間のかたちや構成・光や素材など、主として目に見える要素を相手にすると思われがちだが、同時に目に見えない要素である、風や熱や音などもコントロールしている。

そのことが、実は大変重要なことだと思う。

音の例をひとつあげる。銀座にビヤホールの老舗「ライオン」がある。多くの方がご存じのインテリアは、古代ローマを思わせるようなモザイクタイルの壁画や、造形的な梁形のつらなる大空間が特徴的である。それだけで十分魅力的な場所なのだが、そこに「ざわめき」が伴っている。大きな空間のもとでビールを飲み語り合うことがなんだかとても楽しく感じられる、そのざわめきなのである。

日常生活のなかで、私達はさまざまな音環境に触れている。それぞれの行為と場所の性格にあった状況がある。ビヤホールやカジュアルなカフェでは、サービスされる皿の音がその他雑多な音(街の音、人の声、音楽)に混じって聞こえてくると落ち着く。静かすぎると意識しなくとも緊張を強いられ、うるさいまでになるとまたストレスを感じる。

私が音環境で思い起こす建築家は、鬼頭梓氏である。今年8月に逝去された鬼頭氏は、建築界の長老として多くのひとたちに敬愛されていた。親と子くらいの年の差のため、ご一緒する機会は多くはなかったが、ここしばらく賞の審査で2年ごとにお目にかかっていた。

現地審査で訪れた建築のいくつかで、「音が響くねえ」というひとことを言われ、「そういえばそうだ」とはっとさせられたことをよく覚えている。空間構成にはうるさい一方、音にはアバウトだった自分に気付かされた。

お葬式は、自ら設計された作品でもある教会で行われた。かつて鬼頭氏は、丹下健三氏の「東京カテドラル」を批判されたという。その批評の詳細は把握していないが、この教会を見ると分かるような気がした。非日常空間のなかで崇高さに出会うというより、穏やかで敬虔な日常の場として教会の空間をとらえ、つくっておられる。音が響き過ぎず、アンチドラマチックで、アットホームな感じまで受けた。

図書館という音にコンシャスな施設を数多く手がけられたのも、自然に納得できる。

鬼頭氏が設計された家の施主が弔辞のなかで、「あまりに居心地が良いので客が時の経つのを忘れてしまう」と言われていた。いろいろな「居心地のよさ」があるはずだが、音環境がそのお宅で大きな要素を担っているに違いない。

遅ればせながら、自分も目に見えない要素への解像度を上げていきたい。

(高橋晶子)

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