風について
先日は50年振りの大型台風が関東地方を直撃しました。久しくまともな台風を経験していなかっただけに、又、私の設計した住宅3件の工事が進行中であったこともあり、その被害に対する多少の妄想を頭の片隅によぎらせながらテレビのニュースを追っていました。 幸い、工事中の3件とも無事だったのでホッとしています。
さて、「風」の親分、荒れ狂う台風は驚異そのものですが、適度の速さで吹く風は、私達の設計する「住まい」にとっても、とても有り難く重要です。特に秒速1m増す毎に体感温度を1℃下げてくれるという風は、住まいの夏にとって極めて貴重な自然現象です。 強い風には強靭に耐え、優しい風には窓を開き、その恩恵を十分に受ける為の知恵が自然派の「住まい」にとって不可欠です。
もう大分昔、夏休みに幼かった娘達を連れ、家族で伊豆の長八美術館を訪ねたことがあります。その近くの古い民家の土産物屋に立ち寄った時のことを思い出します。しっとりとした緑豊かな庭を東と南からL字型に囲むような平面形を持つその民家は、さらにその東側に火の見櫓のある小さな広場に面していました。庭とその広場に挟まれたL字型の一翼が土産物を商う土間状の店だったのですが、広場から店に足を踏み入れるまで、無風状態のカンカン照リであったのに、土間に足を踏み入れると、庭から広場に向って絶え間なく涼風が吹き抜けていたのです。
この現象を科学的に説明するとこうなります。夏の太陽に照らされた広場は熱せられ、広場の空気は暖められ膨張し、軽くなって上昇します。そこに建物の影を受け、さらに植物の蒸散作用によって冷やされ湿った重い庭の空気が、店の土間を経由して流れ込んでいたという訳です。風が冷たい空気(高気圧)と暖かい空気(低気圧)が、隣り合わせた時に生じるという原理がよく理解出来ます。
夏、横浜で昼間よく吹く南からの風(卓越風)も、また夕刻になって「なぎ」を経て、この風の方向が逆転するのも、海と陸の上空の空気の温度差から生じる風(海風・山風)であり、台風も同じ理由で発生している筈だということが分かります。 京都の間口が狭く奥行きの深い町家にある二つの光庭は、一方が緑の多い庭、他方が緑の少ない枯れた庭となっており、やはりそこに生ずる温度差によって二つの庭の間に風が生ずるよう意図されていると言います。
私達は既にお話したように、海風・山風(卓越風)をうまく住まいに導いたり、長八美術館そばの土産物屋や、京町家の例のように、風を意図的に生じさせる仕組みを住まいに持たせることが出来ます。
同様に、ここでは詳しくは述べられませんが、太陽の上手な採り入れ方、遮光の仕組みあるいは断熱・蓄熱の仕組みによって、冬暖かく夏涼しい住まいを誕生させることが出来ます。
私の工房ではこの所「基礎断熱」に取り組み、これを採用することが多くなっていますが、これは大地の巨大な蓄熱容量を利用するもので、冬期朝方、氷点下を割ることも珍しくない八王子のT邸で今年の冬計った床下温度は15℃ありました。15℃というと、軽く作業していればあまり寒さを感じなくて済む温度です。大地の蓄熱容量の大きさから言って、この温度は一日中、あまり変わらない筈であるということを考えると、これはなかなかの収穫です。
台風から始まり風の話、そして太陽、大地の話に触れましたが、それらの恩恵を丁寧に住まいに取り入れてみることをお薦めする次第です。
(野口泰司)
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