庭仕事の楽しさ
熱海に、母のために設計した建築があり、打合せや講義がないときは、そこで過ごすことが多くなった。
ちなみに、このコラムもそこで書いている。
この敷地は、もともとミカン畑だったところを宅地にしたものなので、ほとんどが急傾斜地。
おかげで初島が浮かぶ熱海湾を一望できるのだが、建築の約3倍の面積がある急傾斜地に降り立つことはほとんどなかった。
はじめは雑草生い茂る自然の状態でもわるかぁないので、その状態で楽しんでいた。
しかし、完成から数年後、イノシシがその急傾斜地を掘り返す被害が頻発。
敷地外の斜面に群生している竹が、敷地内にも根を伸ばし、それを求めてイノシシが大暴れするのだ。
このまま放っておくと、家も壊されそうと、一念発起した母がその急斜面地をそれはそれは見事な庭園に仕立て上げた。
作業中の母は何かにとりつかれたように、砂利を運んだり、柵をつくったりしていた。
イノシシに罵声を浴びせながらも、とても生き生きと急斜面に立ち向かっていた。
コロナ渦前は、その気持ちはおよそ理解しえなかったが、ここで過ごす時間が長くなり、その気持ちが少しわかってきた。
庭を眺める時間が長くなり、それに伴い、気になるところも増えてくる。
気になるところを直すと、すごい充実感が得られると同時に、ほかのところが気になる。
それがループする。
最近は来るたびに、1段ずつ、石段を作っている。
まず穴を掘り、そこにボイド管を差し込み、その中に長い鉄筋を打ち込み、モルタルと砂利を練ってコンクリートを作り、ボイド管の中に流し込み、バケツをかぶせて水が入らないように養生する。
コンクリートの受入検査はしたことがあったけど、練から打設までやったのはここが初めて。
翌日にはある程度強度が出るのだが、それがなんともうれしい。
そのうえでジャンプしてはしゃいでしまう。
そして、もう一段つくろう!という気持ちが芽生える。
何はともあれ庭仕事は、必要なもの考え、作り、使うという、原始的な欲求を満たしてくれる。
庭仕事の楽しさに気付かせてくれたコロナ渦である。(藤江創)
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2021.04.06 06:47
2021.04.04 09:09