標準/非標準の住処―都市住宅の近作から
都市部において、標準的な宅地というのは、第一種低層住居専用地域をはじめ、閑静で、公園や緑が豊富な分譲宅地ということで、不動産価格も高く設定されますが、リスクが少ない分、規格の住宅がゴージャス風を主張しながら建ち並ぶ景観が、果たして、良好な宅地の目指すところなのだろうかという疑問もあります。一方で、標準的でない宅地とは、工業地域であるとか、不整形であったりして、規格品を当てはめることが容易でないものです。価格は安いけれども、建て主のアイデアや建築家の技術によって切り返してゆくべきリスクが存在するということになります。
そこで、拙作の中から、標準に対して組み立てた「TRICOT」と非標準に対して組み立てた「TROLLEY」についての解説をします。建物の写真は、事務所のURLに多数紹介していますので、併せてご覧ください。
「TRICOT 空間の相互補完でつくる標準的住処」
計画地は、元の区画の端から順に、地域ごとに定められた最小面積(80m²)にならって分割されたひな壇の一画である。建て主の要望は、建蔽率と地下緩和を含めた容積率を最大限活用して100m²以上の床面積を確保すること。地下室も採光と通風がとれること。南側の街路に面して目一杯、洗濯物や布団が干せること。夫婦の寝室と将来的な子供室がとれること。車種を限定されない車庫など。
いずれも生活上の必要から生まれたごく自然な要望であり、これらを優先して解決してゆくことは、住居を都市のストックとして成立させるための条件でもある。つまり、標準的な分譲宅地において、標準的な家族のライフサイクルに適応する、標準的な間取りを想定して組み立てること。ここでは、特別な要望に応答する必要はなく、しかしながら、そこに差異を生じさせるとすれば、それは、敷地の状況と住まい手の感覚を混合する合理によって自ずと導かれるものである。
高度斜線によって限定される建物の輪郭に、与条件から想定される間取りを収めるには、地盤とのレベル差を調整する必要がある。さらに各室に必要なヴォリュームを有効に配分する必要性が、結果として、空間相互に補完的な関係を生み出すこととなった。TRICOT(トリコ)とは、連続する一本の糸によって伸縮性と柔軟性のある面をつくる編み方である。
道路と宅地のレベル差は1.7メートルしかないから、通常リビングと呼ばれるであろう場所-パレット-の床は、食堂の床より70センチ高い位置となる。小さな住宅には大きすぎるソファが、床に座る時の背もたれでしかないのなら、いっそのことクッションやラグを置いた床に座ることを正規の使い勝手とし、床の段差を食卓とパレットにおける目線の調整しろとしている。地階と上階に振り分けられた寝室は、天井高さに揃えた戸襖を開放することで、通風や外光を共有し、家全体をひとつながりの空間とすることが可能である。
こうした空間の密接な連続性に対して、柱や梁が及ぼす影響を最小限のものとするため、主体構造はフランジ巾を100ミリとするH型鋼のフレームによって構成し、階段や物干、ベンチやキャビネットといった家具までを一体として製作することで、木質系の構造物と同等のコストに収めている。
もはや和風の木質空間に懐かしみをもたない生活者であっても、改めて個々に根付いている日本的空間の要求-つまり天日干しされた布団の心地よさに象徴されるところの要求-を住居の構造に反映させられるならば、標準化された分譲地(その是非はともかく)に対するひとつの建築的回答になると思う。
「TROLLEY 都市の隙間に住まう-非標準的住処-」
TROLLEY(トロリ)は、東京に残る唯一の市街電車である都電荒川線と道路の狭間にたつ。敷地形状は、南面の間口35mに対して、奥行は西端の3.5mから東端に向かって軌道なりに45cmまで窄まっている。保安上、敷地内で工事を完結する必要から、平面は西端の内法2.7mから東端に向かって1.6mまで狭められ、道路斜線による外壁の後退、駐車場の確保、風圧を軽減させる必要から建物の外郭が決定されている。
内部には、帯状に4枚の床が差し込まれ、内外の諸機能が線路に沿って数珠繋ぎに連結されている。諸室相互は、開放性の高い引き戸とサッシにより緩やかに分節し、各階に配された外部空間を介して、東西上下に視線の抜けと奥行きを生み出している。上階の東西端には、室内幅の開口を設け、屋上のデッキや食堂から居間を介して東に連続する荒川線の停車場と桜並木を見通すことができる。一方で、長大な南北面に穿たれた開口は、それぞれが地域の特徴的な風景を切り取っている。
建物形状から、室面積に比して過大となる内壁は、防火と防音のための石膏ボードにシナベニヤを打ち付けて、下地をつくることに留めている。つまり、日本画家であり、ふたりの幼女の母である妻のアトリエとして将来的な改変やハードな使用に対応できる自由度を優先したためである。床版は、H型鋼による梁を型枠として打設した100mm厚のRCスラブを現しにすることで、特異な縦横比をもつ建物形状に剛性を与え、限られた階高の中に最大限の気積を確保しておくこととした。
かつて、テレビ番組の企画で建て主が募られたにもかかわらず、本気で住もうという人は現れなかったという。視聴者は、破格の土地に興味を抱きながらも、無意識に市場の標準であろうとする感覚によって、不安を募らせたのかもしれない。しかしながら、住まい手は、電車の車両を連結するように、細長い空間に自分自身の生活を投影してみることで、未知の可能性を感じたという。そんな意識を閉じないように、柔らかな輪郭を差し込むことで、隙間を押し広げること。標準的な宅地に向けて組み立てたTRICOTに対して、ここでは、場所性、敷地条件、さらには住まい手自身の生活感覚を顕わにすることとなった。
(二宮 博)
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