読む楽しみ

作家小島信夫さんが10月26日に他界された。保坂和志が読売新聞に「小島作品は「読む」という時間の中にしか存在しない。そのあり方は、読書感想文などで訓練された読み方を根底から突き崩すものなのだが、読後に何かを語りたいなどという思いを捨てて、ただ「読 む」ことに徹すればこれほど面白く自由な小説はない。」と追悼文を書いている。


 僕と小島作品との出合いは保坂和志が推していて手に取ったのが最初である。90歳を過ぎても書いていたのだから沢山の作品があるのだが、現状は絶版が多いらしい。


『抱擁家族』『うるわしき日々』を読んで私小説家と思いこんでいたが、初期の作品を読むと実際はそうでもないらしい。


『抱擁家族』は妻を米兵に寝取られた主人公が、モダンな住宅を建築することで折りあおうと試みるが、その妻は病気で死んでしまう。主人公は家族の形態をまもることに固守するが、それは「家」をまもることにすりかわっていく。建築家に依頼した住宅は、雨漏りしはじめ、最先端の空調設備は能力不足。その顛末は悲痛で、ある種のユーモアになっているなどと評されるが、建築の仕事をしている当事者としては、全然笑えない

「家」にはハードとソフト、言い換えれば建築と制度の意味があり、建築の瑕疵と家族の崩壊がオーバーラップする。「抱擁家族」ならぬ「崩壊家族」なのだ。家族に合った家が有るのではなく、家に合った家族が出来るとしたら、建築家の責任は大きい。


「抱擁家族」が昭和40年、およそ30年後の平成9年に連作となる「うるわしき日々」が発表されている。物語は抱擁家族のその後。その中に件の住宅の建築家が主人公に宛てた手紙が出てくる。前衛過ぎた設計への謝罪となんと後に自分が鎌倉に保守的な自邸を建築したことの釈明。H建築家とイニシャルだけだが、時代・建築スタイルなどから特定の建築家の名前が思い浮かぶのがおもしろい。


コルビュジエに詳しいおじさんが登場したり、磯崎新の名前が出てきたりと、本筋でないところで「読む」楽しみがある。本筋でないなどと言ったが、もともと筋、あるいは構成などでなく「読む」ことを楽しむ小説なのだった。

(横山敦士)

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